「ひとつのケーキに、それぞれのドラマがあるんです」
私の事務所に、とある地方で評判のケーキ屋さんから、パンフレットを企画制作してほしいという依頼が入りました。
私の仕事は、いつも現場に行くことと、そこでオーナーの想いを根掘り葉掘り聞くことから始まります。
広告プランナーは、大事なお手紙の代筆をするようなもの。オーナーの想いを同じ目線で聞いて、それをよりよく伝えるのが主要な仕事です。
その日も、新しいパンフレットに掲載する、パティシェ兼オーナーのケーキ作りにかける想いをインタビューすることになっていました。
私はそのケーキ屋さんを訪れ、店舗のバックヤードにある工房で、オーナーからお話を伺っていました。
作業台の上には、フルーツや砂糖菓子で美しく彩られた様々なケーキが並んでいます。
ふと気づくと、パティシェ見習いの若い男性が、作業台からケーキを選び、いくつかを傍らのプラスチックの平たい箱に移していました。
私はオーナーに質問しました。
「あの箱のケーキは配達するんですか?」
するとオーナーから予想外の返事が。
「いやぁ、あれは売り物にならない商品です。スタッフで分けて食べます」
私は驚きました。
よけられているのは、食べるのに全然問題ないような、生クリームの角が、ほーんのちょーっと崩れてるとか、フルーツが若干はみ出て配置されてる程度の、言われなければ気づかないようなものだったからです。
「えっ、コレでボツなんですか? ロスが多くなりませんか?」
私が聞くと、オーナーは少し照れたように笑って、次の話をしてくれました。
「つまらない職人の意地だと笑われるかもしれないですけど、ひとつも手は抜けないんですよ。
自分らにとっては数あるたくさんのケーキですけど、お客さんにとっては、そのひとつが、大事な特別なケーキなんです。
ひとつひとつのケーキの行く先は、お祝いだったり、大事な人へのプレゼントだったり、自分へのご褒美だったり。
そのシーンを思い浮かべたら、ちょっとでも崩れたケーキは渡せない。とっておきの1個を渡したいんですよ。
大手メーカーは流れ作業で作るかもしれない、コストを考えてウチがボツにするようなものも、商品ラインに乗せるかもしれない。
でもお客さんのことを考えたら、流れ作業じゃ出来ない仕事もあって、自分はそれがやりたくて、この店をやってます。
1つのケーキに、それぞれの特別なドラマがあるってことを、ケーキ屋は忘れちゃダメだと思うんですよ」
その言葉を聞いて、私は鳥肌が立つような思いをしました。
――言われてみれば、そんな仕事をするのがベストだけど、その通りだけど、そこまでの想いを乗せて仕事が出来る人は、どれくらいいるのだろう。
『1つのケーキに、それぞれの特別なドラマがあります。』
——パンフレットにはオーナーのその言葉を、かいつまんでメッセージとして載せました。
腕前はもちろんだけど、こういう心意気が、地方にあっても、よそから人が来るほどの人気を得ているのだな、とオーナーの言葉が強く印象に残りました——。
せっかくひとりで商売をやるのなら、自分の姿勢を明確に。
信念を貫くことでお客さんはそのお店のファンになり、信頼を感じるのです。
今一度、ご自分の仕事に対する信念、姿勢を見直されるといいかもしれません。そしてそれは大手に対抗しうる、自分自身の強み、ブランディングとなるのです。